iPhone 3GS と田舎とバーチャルリアリティ

iPhone for everybody が今月いっぱいなので、先週土日で実家に帰って名義変更と機種変更をしてきました。

少し驚いたのは、iPhone for everybody のおかげで、3G 16GB から 3GS 16GB への機種変の場合、月額料金だけを見るとほとんど変わらない(500円アップくらい)ということ。もし、3G 8GB からの機種変更の場合、月額料金がほぼ同額か、もしかすると下がるのではないかと思いました。

名義変更・機種変更が主な目的の帰省でしたが、ちょうど兄弟三人が揃ったり、弟とゲームやキャッチボールしたりとなかなか有意義な帰省となりました。そんなことをしていると、いずれ岡山へ戻るだろうと漠然と思ってはいるものの、なぜ今ではだめなのだろうとか、なんのために都会で働いているのだろうという気持ちになりました。

今回の帰省は森博嗣さんの小説「すべてがFになる」を読みながら帰りましたが、その中でこんな台詞がでてきます。

仮想現実は、いずれただの現実になります

この仮説については僕もそう思っていました。しかし、実家の近くの自然を見たときに「仮想現実が現実になったときに、この自然はなくなっているかもしれない」とも思いました。それは、これほどのリアルをバーチャルリアリティで完全に再現することはできないだろうということと、それをする必要(意味)もないだろうという意味でです。仮想世界が現実になったとき、得られるものと共に失われるものもあると思います。結局、バーチャルリアリティの世界は人間にとって最適化された世界でしかないからです。

そんなことを考えながら、将来は田舎でゆっくりとバーチャルリアリティについて考えたりするのも、きっと面白いだろうと思いました。人間が作っていないものに囲まれながら、人間の作る世界のことを考える。人間が作ったものではない、作ることのできないものに囲まれて生きるというのは最高の贅沢なのかもしれません。

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